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空手がオリンピック競技に向かない理由を解説します

東京オリンピック公式競技にもなった「空手」。

 

世界的にも競技人口が野球よりも多いと言われている空手。

人口は多いが伝統空手と極真空手があり、その性質はかなり違う。

また、オリンピック競技にもなっている伝統空手は4つの流派がありなかなか構造が複雑だ。

 

題目にもなっている「空手がオリンピック競技に向かない理由を解説します」ですが、個人的な考察で書いていますが、やはり空手を応援している身ではあるものの、オリンピックと言うものを見ていく中でどうしても不安なことがあるのです。

 

そんな内容を細かく書いていきます。

 

組手はOK!問題は形競技

 

空手はそもそも沖縄発祥の武道と言うことは多くの人が理解していること。

そのオリンピックの競技土台となっている伝統空手には、4つの流派が存在すると言うこと。

ここを前提としておきながら・・・

 

オリンピック競技になる空手は演武の実力を示す「形」と1体1の対戦形式の「組手」が存在します。

組手は初心者が見ると判定が少し難しい部分があるが、一般の人が見ていてまぁまぁわかる程度。

 

対して「形」は多くの数が存在し、4つの流派を合計すると100を越えます。

形の試合では、これらの形を演武していくわけですが、採点する審判は人間です。

人によって点数の差も生まれるわけです。

 

また一番の不安な点はての審判が4つの流派の形すべてを熟知しているとは思えないのです。

多くの審判は空手の経験者で、現役時代はいずれかの流派に属していたと考えられます。

糸東流を熟知している審判が剛柔流の形のことを完全に熟知できることがあるのでしょうか?

一朝一夕に、他流派の形を理解出来るほど簡単なものではありません。

 

きっと本物の空手家は人生をかけて、自分の流派の形に集中し学んでいく人がほとんどでしょう。

 

一番の問題は審判の質・知識量

 

上述したように審判が他流派の形を採点する・・・

 

なんか不安ですよね。

元々武道の世界の空手でもこの構造は昔からあるものなので、「何をいまさら」感があると思います。

ただ、これがオリンピック競技になれば、スポーツ競技の空手として見られていきます。

武道の世界を飛び越えてオリンピックの舞台でのジャッジとなれば、より多くの目が光ります。

 

他流派の形を熟知していなければ、ジャッジに対する審判の質も見られますし、誤審問題も出るかもしれません。

この審判の質・知識量がフラットでなければ、審判の採点に差が出るのも当然です。

 

審判の技量を磨く審判講習会もありますが、これらも審判としての円滑な裁き方に終始することが多く、他流派の形を勉強する機会には恵まれていないはずです。

 

たとえ日本国内の審判が立派に判定ができたとしても、世界の審判が確実なジャッジができなければ意味がありません。

 

審判の質の差は国内の大会でも散見される

 

審判の質についても今始まったことではありません。

国内の大会でも重要な大会に値する「全日本学生」「実業団」「全日本」関係の大会でも、他の審判とは違い一人だけ大きく離れた点数を出す審判もよく居ます。

どちらの審判が正しい&悪いというよりも、審判の形に対する見方が一定になっていないことに問題を感じます。

 

明らかに実力の抜きん出た選手は結果を出しますが、際どいラインにいる実力の選手は、このわずかな点数の差で予選突破や入賞に影響が出ることがあるので不安要素となるでしょう。

 

オリンピックに向かない理由=4代流派の存在

 

個人的にオリンピックに空手が向かない理由は「審判の質」だと考えています。

判定が比較的明確な組手はオリンピックには合うと思いますが、やはり形が問題かと。

 

似たような採点方式では「フィギュアスケート」がああります。

フィギュアの大会では採点に対し、観客がどのような反応を取っているかわかりませんが、空手の試合の観客席では結果に対する不満を声にする観客も見かけます。

そう言った意味では観客に対しても納得度の高い判定をしているのかどうかも不安です。

 

空手の形がオリンピック競技に向かない理由は「審判の質」とも言えそうですが、少し違います。

 

四大流派が存在するという空手の構造が問題なんだと考えています。

これが一つに集約されればきっとオリンピックにも合うようなスポーツになるかもしれませんが、それは不可能。

空手はやはり「武道」なんだな・・・感じざるをえないのです。

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